女性差別はいけない

そうした印象批評にもとづく選別強化は、女性である成子にとってはあまり歓迎できない。「オンナだ」というだけで一ランク下につける上司もいたからだ。しかし、上司に逆らって自己開発コースに回され、独立した男性の同僚は、「オトコだってあの査定には参るよ。女性の管理職も少しは入れておかないと企業イメージに響くという事情があるし、君はソッがないから、得してる方じゃないの」と苦笑する。男性の選別が進むと同時に、女性の事務職は、二○○○年に入ったころに、ほとんどが派遣社員とパートに切り換えられた。女性差別はいけないとの建前に対応するため、ごく一部の女性が「基幹社員コース」要員として採用され、その中でさらに選別が行われる。「生意気な女」と思われたりすると「協調性」の査定が下げられ、「自開コース」に選別される。多くはそこでやめるか、派遣会社に転職する。賃金は派遣社員と同じ水準なのに、契約通りの時間にきちんと帰れる派遣社員と異なり、「自開コース」は、残業だけは無制限だからだ。女性管理職が少ないのも無理はない。女性の残業や深夜業の制限は、九○年代に労働基準法が改定されてなくなった。当時は男性は労組と会社が協定さえ結べば、残業や深夜業は無制限にできる仕組みだったため、女性も同じ状況になった。「子育てや健康に支障が出る」として、男女共通の残業規制を求める声もあり、労相がいずれ残業時間の上限決めることになっていたが、その約束はいまだに「時期尚早」として果たされていなかった。コミュニケーションは大切です

参考:

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